哲学に何も興味がなかった男がニーチェを読んでみた|超訳ニーチェの言葉

いきなりこんなことをいうのもアレですが哲学ってなんか固そう!

僕にとっての哲学の勝手なイメージはなんだか賢そうな人たちが謎の理屈をこねくり回した結果生まれた独特の人間観察という感じでした。

アホですいません。

しかし、よくよく考えてみると自分は哲学について具体的なことは何も知らないことに気づき、なんだか無性に哲学というものが知りたくなり、手に取ったこちらの一冊。

超訳 ニーチェの言葉
(著:フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ 編訳:白取 春彦 出版:ディスカヴァー・トゥエンティワン)

不織布のような黒い表紙に銀色の文字でタイトルが刻まれています。

最初は読むのにエネルギー必要になりそうだと思っていたら、全て1ページにメッセージと解説が載っているスタイルでめちゃくちゃ読みやすかった。

そして改めて哲学がもっと柔らかくて人間的なものだということに気づかされました。

今回はそんなニーチェの言葉から心に響いたものを一部だけ紹介!

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その前に、ニーチェって誰?

名前は聞いたことあるけどどんな人かわからないですよね、ニーチェ。

ニーチェは19世紀ドイツの哲学者です。

その天才っぷりから若くして大学教授として教鞭をとるも、10年で辞めてヨーロッパ各地を旅しながら思想を深めていく。

そんなニーチェの特徴は、当時最強の思想であるキリスト教道徳があまりにもあの世的だと批判をし、この世における真理、善、道徳が何よりも大切だということを唱え、今生きている人に向けた哲学を打ち出した革命児。

著書としては

  • 人間的な、あまりに人間的な
  • 曙光
  • 力への意志
  • 悦ばしき知識
  • ショウペンハウアー
  • 漂泊者とその影
  • ツァラストラウスはかく語りき

などなど多数。

ちなみに僕はしっかり全部知りませんでした。

しかしこの「超訳ニーチェ」は哲学に精通した編訳者の白取さんが、多数ある著書の中から現代にも通じるニーチェの名言をピックアップして紹介してくれているというひたすら親切な本。

「己」「喜」「生」「心」「友」「世」「人」「愛」「知」「美」の10個のテーマに分類してニーチェのエッセンスを書き出してくれています。

超個人的!心に響いたニーチェの言葉

もう名言のオンパレードなのですが、個人的に考えさせられた言葉をいくつかピックアップして紹介していこうと思います。

そしてピックアップしてて気づいたのですが、、、絞りきれない!

とりあえず長くなりそうですがかなり厳選はしたのでご容赦ください…

自分は常に新しくなっていく

かつて自分が正しいと思っていたことが今では間違いだと思っている。

そのことに対してあの頃は若かったと思うことってあると思います。

例えば、高校生の頃の私服ダサかったとか今思うと恥ずかしい言動をしていたとか。笑

でもその気持ちは当時の自分にとっては正しいことであり真実なのです。

だからこそ自分を批判して他人に批判されて新しい自分へと脱皮して行くのです。

結局今の自分の気持ちで考えるとあの時ああすればよかったなってことはたくさんあると思うんですよ。

でもその時の自分で考えられる限界はあったし、当時の自分には必要なものだったということなんでしょう。

そんな自分を省みて新しい自分になっていく。

素晴らしいお言葉です!

目標にとらわれすぎて人生を失うな

仕事を例にとると、売り上げ目標に固執しすぎて仕事の意味を失ってしまうということ。

これは僕自身働きながら考えていたことでもあるのですが、営業だとノルマの達成を第一目標にしてしまうことが多々あります。

売り上げの目標は結局ビジネスとして他社の課題解決を積み上げていった結果の報酬としてとして達成すべきなのに。

しかし、それを忘れてしまうことが頻繁に起こります。

人生もそれと同じで合理的に行動するだけを目的としてしまい人間的な事柄を忘れていませんか?という戒め。

余裕を持って人生を楽しまないとダメですなぁ。

心は態度に現れている

大げさな態度をとる人には虚栄心があります。

自分を高く見せたり特別な存在ということを他人にアピールすることで承認欲求を満たして満足する。実際には何もないのに。

また、細かな事柄に執着する人は自分が関わらないとうまくいかないのではという恐怖心を持っており、内心では人を見下している。

僕は今仕事上派遣社員という形でホテル勤務をしているのですが、気づいたらセクション内では経験の長い人になっていました。

そんな中、新しい人が入ってくるとうまく回らないんじゃないかという恐怖感を抱くことがあります。

でも人間生まれ持った機能なんて大差ないんだからもっと信頼してもいいよなぁと思う今日この頃。

もっと広い心を持たねばと、自分に突き刺さる格言でした。

飽きるのは自分の成長が止まっているから

人はなかなか手に入らないものを欲しがる生き物です。

しかしそれが手に入ってすばらくするとつまらなくなってしまう。

一見するとものが変わらないように見えますが、本当はそのものに対して自分の心が変化しなくなったからつまらなくなったと感じるのだという。

なので人間的に常に成長している人は心が変化していくため同じものを持っていたとしても飽きない。

今僕は猛烈に仕事に飽きてきていますが、それは仕事に対して自分の感じ方が変わらなくなってしまったから。

退屈しないためには成長する必要がありそうです。

停滞しとるなぁ…

自分の生きた意見を持つ

自分の生きた意見を持つということは、自分で行動して考えを掘り下げ、言葉にしていかないといけません。

他人の意見を自分の中に取り入れて、あたかも自分の意見のようにするという行為を繰り返していると生き生きとした意見は出て来ず、いつまでたっても変わることがありません。

しかし、意外とこういう人はたくさんいるという話。

確かにちょっとだけ調べた事柄を自分の意見のようにいうことがある気がします。

世の中にすでに確立している事柄を利用するのは数学の公式を利用するように効率的で便利なことなので、僕は完全に悪いことだとは思いませんが、同時に自分の意見を持つということには大賛成です。

せめてブログだけは自分の意見をかけるようにしていこうと最近は心がけています。

どんな記事が読まれるかじゃなくて、自分は何を考えてどう思ったかを他人の目を気にすることなくアウトプットする練習。

つまらないことに苦しまない

大きいの反対は小さい、遠いの反対は近い、重いの反対は軽い。

一見対立しているように見えるものは単なる言葉遊びであって、現実では対立していません。

本当は、自分に感じられる程度をわかりやすく表現しているだけ。

しかし、それを対立しているものとして考えてしまうことで多くの悩みが生まれます。

この言葉を読んだ時、確実に僕は対立していると思っている側の人間でしたが、確かによく考えてみると大きい小さいの境目なんてすごく曖昧なものですよね。

人によって感じ方も違うし。

その感じ方の違いを許容するためには、この言葉を理解する必要があるのではと感じました。

組織をはみだす人

組織や派閥といいうのは通常、考え方を枠の中に収めるのが普通である。

組織に考え方が合わなくなったという人は、ただ単に自分の考え方が組織の作る枠より広くなっただけで、自分がおかしくなったわけではありません。

外にはその考え方を受け入れる枠があるということを教えてくれる言葉。

出る釘は打たれるという言葉があるけども、他の組織に行けば意外と出てない釘になることもあるということですね。

ニセの決断

一度口にしたことは断固として行う。

信念があって男らしいですよね!

しかし、ニーチェはこの行為を頑固で感情的ではないかと注意喚起しています。

本当は行為というのはもっと別の合理性に基づいて行うべきであり、ある種の頑固さを貫くのが必ずしも正しいわけではないため、柔軟に考えて行動しましょうということでしょう。

心理を考えて伝える

人に新しいもごとや相手が驚きそうなことを伝える時は、あたかもそれが周知の古い事実のように伝えましょう。

そうでなければ、相手はそれを知らなかったことに対して劣等感を覚え、いらない怒りを買うことになります。

なんだか個人的には飲み込むのにすごく時間がかかった言葉でした。

理屈はわかるけど、周知の古い事実のように伝えるというのがなかなかイメージできません。

最近盛り上がっている仮想通貨の話をする場合だと、「これちょっと前から結構モリア上がってるんだけど…」みたいに前置きをするということでしょうか。

ちょっと詐欺っぽい話に行き着きそうだから、もっと言葉を探す必要がありそう。笑

真に独創的な人物とは

真に独創的な人というのは、奇抜なことや突飛なことをする人ではなく、前からそこにあったのに誰も気づいていないものに気づき、さらにそれに名称を与える人物である。

…なるほど。

気づいていないことに気づく視力が大事だと。

世の中のイノベーションは既存の組み合わせで生まれるみたいな感じなのでしょうか。

僕みたいな凡人からすると、クリエイティブな人って生み出しているように見えてしまうのですが、実はそうでもないのかもしれません。

体験だけでは足りない

体験は重要だけど、あとでよく考察しないと体験からは何も学べないよっていう話。

自分自身、体験だけで満足してしまうことがしょっちゅうあるので、その出来事に対して考察する時間が必要なのかも。

その点、ブログで読んだ本や体験のアウトプットをするというのは非常にいいのかもしれないですね。

自分の弱さと欠点を知っておく

成功している人は無敵のスーパーマンに見えるけど、実は自分の弱さを正確に把握し、逆に自分の強さのバリエーションのように見せているだけなのです。

これも飲み込むのに時間がかかる言葉。

よく言えば行動が早いけど悪く言えばせっかちみたいなことなんでしょうか。

短所も裏返せば長所として捉えることもでき、うまく他人に長所として見せることができる人が成功するってことなのかもしれません。

持論に固執するほど反対される

持論というものを主張する人ほど、より多くの反対を受けます。

それは持論の中身がどうこうではなくて、この持論を自分で確立したといううぬぼれや認めて欲しいという承認欲求の存在を直感的に感じ取られてしまい、そのいやらしさに生理的に反応してしまうから。

確かにネット(主にTwitter)で炎上している様をみるとそのことがよくわかる気がします。

炎上しているやりとりをみていると、主義主張の内容以前に無理矢理にでもツッコミどころを探して爆煙をあげているシーンが見れることでしょう。

怠惰から生まれる信念

主義主張を持つというのは大事です。

しかしそれにこだわっていると、考えが凝り固まってしまい信念に変わっていきます。

それは自分のかつての自分の意見を持っているという怠惰なのです。

だから自分の考えは常に新陳代謝をして、作り直していく必要がありますよという話。

冷静に考えればなんでこんなことに執着していたんだろうということってよくありますよね。

気付ければいいですが、気づかないまま自分の考えの枷になってはよくありません。

いつも何が正しいかということをリアルタイムで考えなて更新していかないとダメということですね。

本を読んでも

本を読んでも最悪の読者だけにはならないように。

最悪の読者とは、自分にとって都合のいい内容や役に立ちそうな内容だけを盗み、自分の主張の正しさを証明する道具のようにして使ってしまう読者のことです。

かなり終盤にある内容なのですが、最初に書けよくらいに大事な内容。

確かに自分の理論武装のためだけに読書をしていたら、新しい考え方を得るどころか、過去の自分の意見が自分でも手に負えないくらいのやっかいものになってしまいそうな気がします。

よく理解できないことほど、しっかり飲み込んでいこうと思いました。

賢さを見せつける必要はない

自分の賢さを見せつけようとすると、あとで必ず反抗をあじわうことになります。

だからこそ、普通の人と同じように振る舞うのが本当の賢さというもの。

能ある鷹は爪を隠すとはまさにこのことでしょう。

気づいたら鼻高々にウンチク語っていることってありません!?

僕はあるんですけど、そういうのやめようと反省させられるお言葉。

ありがとうニーチェ。

考えは言葉の質と量で決まる

普段私たちは会話で自分の思っていることをだいたい表現できていると思っており、相手にもほぼほぼ伝わっていると思いがちです。

しかし、自分の言葉はいつも自分の知っている言葉からしか出てこないので、優れた本を読んだり人と会話することで引き出しを増やすことが心を豊かにすることに繋がりますというもの。

言葉の量と質が心を決めているのです。

確かに考え事をする時って、言葉で考えるからそうなりますよね。

あとすごく思ったのが、相手に伝える難しさについて。

営業をやっていると、自分が商品の良さについて説明して相手がふんふん頷いていても全く伝わっていなかったということがよくあります。

相手の語彙に合わせて自分の言葉を選ぶセンスというのも大事だなぁなんて思ったり。

自分の眼で見よう

観光名所を訪れる際、予備知識のせいである一点にしか注目だいかないということがある。

本当に自分を楽しませるには自分の目が今捉えている美しさを感じよう。

先日、華厳の滝を見に行ってきたのですが、予備知識として「華厳の滝は滝の迫力がすごい」という予備知識を持っていることで滝自体にしか意識がいかなくなってしまいます。

しかし、個人的にはそれを取り囲む岩壁もすごい迫力だなぁと思ってみてました。

その感性を大事にしろっていうことですか?ニーチェ先生。

自分しか証人のいない試練

自分を自分しか証人のいない試練にかけよう。

例えば誰も見ていないところで正直に生きる、行儀よく振る舞う。

そういう類の試練に打ち勝った時に、自尊心は芽生え強力な自信となる。

僕は自分に甘々な人間なので、聞いただけでかなりハードルの高い試練です。

だからこそ乗り越えた際に得られるものは大きいというのはやる前から感じられます。

実践できなそう。笑

まとめ

ニーチェは100年以上も昔の人なので、意味あるんかいと半分疑ぐりながら読んだ「超訳ニーチェの言葉」でしたが、すごく得るものがありました。

ニーチェが生きていた時代は、スマホも自動販売機もペッパー君もない時代ですが、人間の本性なんてそう簡単に変わるものではないのでしょう。

あと、編訳者が現代に合うものをピックアップしてくれているというのもあるのでしょう。

とりあえず「超訳ニーチェの言葉」を読んで、哲学に対するハードルが下がったのは自分にとってはいい発見でした。

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