本の読み方を考える。「乱読のセレンディピティ」を今読んでよかった。

この前ブックオフに行ってきました。

普段は気取って本は新品で買っていた僕ですが、気づきました。

中古でおっけー!

新品だと1冊しか買えない値段で5冊くらい買っちゃいました。

そして、まずはライトなやつから読んでいきましょうよということでこいつです。

乱読のセレンディピティ
(著:外山滋比古 出版:扶桑社)

スポンサードリンク

セレンディピティとは?

カタカナ言葉が飛び交い、レジュメだのエビデンスだのアンチテーゼだの馴染みのない言葉が使われている日本の中でも特に聞きなれない言葉。

セレンディピティ。

響きとしてはププッピドゥやスクービードゥに近いですが、全然違います。

セレンディピティ…それは偶然の発見!

科学者が実験失敗したところ偶然別の発見してしまいました、てへぺろ!ってことです。

つまり乱読のセレンディピティとは、色々なジャンルの本を乱読することによって、今までなかったひらめきができるようになるというものです。

本は舐めるように読んで自分の血となり肉となりなさいという考えが一般的なこの世の中で、風のように読むことを進めています。

そして、一つのジャンルばかり読んでしまうと、頭でっかちの知的メタボリックシンドロームになってしまい専門家バカと呼ばれるようになってしまうと。

個人的にはこの知的メタボリックシンドロームという言葉がすっごく響きました。笑

僕は本を買うとき、目的なくジャケ買いをしてます。

めちゃくちゃ熟読することもないので、1年以内に読んだ本でも7割くらいは内容が思い出せません。

でも全くの無意味かというとそういうことはなくて、自分の中にエッセンスとして残留してると思ってます。

他の人がやっていたギャグがしばらくして自分のものだったかのようにして湧き出てくるようなイメージです。

乱読のセレンディピティではそんな今までの考えが肯定されるような感じがしてとても爽快でした。

全部で16節に分かれてるのですが、本以外にも外山さんの生き様が書かれてたりします。

散歩がもたらすひらめきや、乱読ならぬ乱談の効果や、世間に残る古典は作者だけでなく読者がいて成り立つなどの自論も展開されていて、これも面白い。

なにより、外山さんはこの本を書いたときなんと91歳!

きっと仕事という感じでやっているのではないだろうとは思いつつも、その歳で本を書いていることに素直に驚きを隠せない。

そして、91歳のボキャブラリーに打たれました。

久しぶりに語彙を調べながら本読みました。

正鵠を射るとかかかずらうとか。

最近、年上の人のボキャブラリーにはまってます。

山梨では「褥(しとね)に抱かれる」と「たゆたう」を覚えました。笑

古本屋は限られた本しかないけども、値段を気にすることなくちょっと興味が湧いた程度の本も気軽に買えます。

ちょうど色々なジャンルの本を買えたので、気ままに乱読してセレンディピティの海をたゆたおうと思います。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする