『レインツリーの国』の読書感想|障害と他者への想像力について考える

こんにちは。いっとくです!

最近は小説にはまっています。

小説の好きなところは、使った時間のわりにページの進みが早いので、速読ができるようになっているんじゃないかと錯覚できるところです。皮肉ですね。

ということで、本日は小説の読書感想文!

今回読んだ本はこちら。

レインツリーの国  表紙
レインツリーの国
著:有川 浩 出版:新潮文庫

図書館戦争で有名な有川浩さんの作品。

女性です。浩はヒロシじゃなくてヒロ。

ちなみに僕はずっと男性のヒロシだと思っていたのですが、昔、有川さんのファンだという友達に怒られた。

読んでみてのざっくりした感想は、わかりやすくて面白いというのと、小説は入念な下調べや調査をした上で書くので、読むことによって知識を身につけることもできるということの典型的なパターンの本だったなぁと思いました。

ということでレインツリーの国がどんな本なのかということと、自分がこの本を読んで感じたことなんかをまとめていこうと思います。

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本当に粗いあらすじ

まずはじめに言っておくと、この本はもう10年以上前に出版された本で、映画化もしているし、今また盛り上がってきているという作品でもないので、気兼ねなくネタバレしていこうと思います。

なので、多分いないと思いますが、楽しみに買ったもののなかなか時間が取れなくて全然読めていないんですって人はそっとブラウザを閉じましょう。そして本を1ページでもめくりましょう。

物語は、あるライトノベルへの思いから始まります。

主人公の伸行は、高校生の頃、どうしてもこのライトノベルの結末を受け入れることができなかった。

そんなことは特に気にせず生きてきたのだが、ふとした瞬間、急にこの結末について、他の人の感想が気になってしまい、ネットで検索してみる。

その時見つけた「レインツリーツリーの国」というブログサイトに書かれていた感想を見て、伸行の心は強く動かされるようになる…

多分紹介文を書くとしたらこんな感じになると思う。

この物語における主人公は、割となんでも器用にこなすサラリーマンの「伸行」と、ブログサイトレインツリーの国を運営している「ひとみ」の2人。

そうです。単純に言えばラブストーリーです。でも、なんというかそういうコテコテの恋愛という訳ではないんです。

ときめきとかキュンキュンとかそういう感情が湧いてくるのではなくて、内側からじわっと出てくるような、じれったいような、そんな感情を覚えることになるでしょう。

またヒロインのひとみは、難聴というハンディキャップを持っています。

街中で補聴器をしている人や、明らかに障害を持っている人に対して横暴な態度をとる人って少数派だと思うんですけど、周囲の人の行動や気持ちを障害を持っている人々はどう受け取っているかとか、見た目にはとても障害を持っていないと思われるような人がどんな言葉をどんな思いで受け取っているのかという描写がすごくリアルに描かれている。

人の気持ちや状況まで想像力を巡らせて優しく接する想像力について考えさせられる内容でした。

Twitterで有名人のツイートとか見てると、人間には極度に他者への想像力をかけてる人がたくさんいるな〜という印象なのでね。笑

Twitterいじる前にまず読むべきですよ。他人の背景を想像できるようになる本を。

世の中にハンディキャップを持っている人がいて、どんな状況なのかは知識で知っていたとしても、それが身の回りに実在しているところまでは想像が働かないというのは、人間の心理を捉えた表現だったな〜

そんなあらすじです。

テーマも進行もすごくわかりやすくて、面白いです。

僕は個人的に二人が出会うきかっかけになった、ライトノベルの存在についても感じることがあるんですよね。

なので、最後にそちらについて思うことを書き綴って締めくくっていこうと思います。

自分が受け入れられない物もエンタメ

本作で二人が出会うきっかけになったライトノベル「フェアリーゲーム」は、つ痛快なはちゃめちゃSFアクション。

でも、シリーズの完結編では主人公とヒロインが永遠に離れ離れになる悲しい結末が用意されている。今までどんな困難でも解決してきたザ・主人公らしい主人公たちにとっても読んでいる人にとっても、それはそれは受け入れがたい結末だったそうな。(架空の作品だからわからんけど)

これってなんか、日常生活ともかぶるな〜と思っていたのですよ。

そして、ついに気づいてしまいました。

人ははエンタメに対して2タイプの反応をするんじゃないかなって。

一つ目は自分が、こうなって欲しいな〜と願った展開で終わることによって物語を楽しむタイプ。もうひとつは自分が予想もつかなかった展開で物語が展開することに対して快感を覚えるタイプ

別にどっちが偉いとかそういうのではなく、ただ好みの問題。甘いものが好きな人と辛いものが好きな人がいて、どっちの下の方が優れているかとかはないですよね。それと同じようなものだと思います。

で、前者は割とハッピーエンドの物語が好きで、後者はハッピーエンドとかバッドエンドとかはどうでもよくて、いかにナチュラルに意表を突いてくるものだったかを重要視する傾向があると思うんです。

極端なことをいうと、前者のタイプはグレイテスト・ショーマンを好きになりがちで、後者のタイプはララランドを好きになりがちだと思う。

そんな僕は圧倒的に後者のタイプ。

物語が自分の予想通りに展開されていくとつまらないと感じてしまいます。どこかで意表をついて欲しい。

どこかで見たことあるようなストーリーなら、そっちで見ればいいんだから、頼むから新しい展開を見せてくれ!って思っちゃいます。

そして最悪なことに、ハッピーエンドしか楽しめない人たちのことを、自分が不快なものを一切受け入れることのできない底の浅い人間だなと見下していました

…すんまっせん!

バチェラー3にブーブー文句垂れてるタイプの人を見て、「確かに胸糞悪い終わり方だったけど、エンタメとしては見ている側の心を揺らしているから成功じゃん。なんなの?自分の予想通りのことしか受け入れられないの?」って思っていました。

でも、さっき書いてて思ったけど、別にそれは好みの問題で、甘いのが好きか辛いのが好きかっていう程度の違いでしかないんですよね。むしろ今まで見下していた自分の器の小ささに、気づかされました。猛省。

全然作者の意図ではないと思うけど、「レインツリーの国」はその他者の視点で考えるというきっかけを与えてくれ、少しだけ心が豊かになったし、知識として障害者の背景とかも知れたので個人的には収穫が多い作品でした。単純に読んでても面白いし。

人間は必ず、どこかのポジションに属して、別のポジションの彼らを滅ぼそうとする性質を持っているので、もっといやそれも楽しんでええやん!みたいな心の広い人間になりたいものですね〜

ということで、これからも小説をたくさん読んで心を豊かにしたいなと思いました。

以上、いっとくでした。さよなら!

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